レヴァナ・モーガン「まほうのかがみ 英国伝統ウィッチクラフト入門」東京リチュアル出版(2015)
「月降」は、ガードナー派ウィッカにおいて中心的な儀式と位置づけられていながら、これまでそのオリジナルの全貌が紹介されたことがなかったものです。ジェラルド・ガードナーとドリーン・ヴァリアンテが共同で編纂したヴァージョンとされる「影の書」を収録した”Witchcraft for Tomorrow”(邦訳「魔女の聖典」国書刊行会,1995)でも、なぜかこのささやかなテキスト「月降」は収録されていません。このことは「月降」がガードナー派ウィッカの活きた実践の中心にあり、ヴァリアンテでさえその公開を差し控えたという事情を思わせます。後にエイダン・ケリーによる「影の書」の詳細な研究により公開されています。
この儀式の起源は不明瞭ですが、古代ローマの詩人プラウトゥス(254-184BC)やホラティウス(27-8BC)が「月を降ろす」テッサリアの魔女たちに言及しています。また、C.G.リーランド「アラディア あるいは魔女の福音」(1889)では、上等なワインを得るおまじないとして、角杯に満たしたワインを月の女神ダイアナの血として飲み、新月に向かって自分の手にキスをする、という儀式に触れられています。角杯、月の血、キスにより「上等なヴィンテージワイン」を得る「非常に古い、辺境の、禁じられた」儀式に、ガードナーがある種の「暗号」を読み取ったのは想像に難しくありません。
ここでは、ガードナー・ヴァリアンテ編纂の「影の書 TheBook of Shadow」にあるオリジナルテキストと、後年のアレクサンダー派ウィッカン、ファーラー夫妻によるヴァリエーションを収録します。このほかにも、一人で行うもの、月に向かい気息を整えるヨガ的・体操的なものなど、さまざまな儀式・テクニックが「月降」の名のもとに伝播しています。これは「月降式 Drawing Down The Moon Ritual」ではなく「月降 Drawing Down The Moon」と呼ばれ親しまれていることにも関連するでしょう。「月降」とは、儀式のスタイルというよりも内的な体験そのものであり、様々なアプローチ、様式、表現に開かれたそのコンセプトこそが本質であることを示しているように、私には思われます。
オリジナルテキストの簡潔な記述と、ガードナーから数えて孫弟子世代にあたるファーラー夫妻による詳細な式次第の例をみることで、あなた自身の「月降」を実践するヒントとしてください。
ここで省かれていることとして、この儀式は主にエスバト、すなわち満月の夜に、できれば野外で月光を浴びながら(あるいはそう想像しながら)行うこと、聖別、バニシングによって儀式の前準備を行うこと、サークルキャスティングと、チャントを伴うサークルダンス(附録1参照)によって、魔法円内に「ちからの円錐」を形成すること、トランス状態に入ったハイプリーステスと、一問一答や占いを行ってもよい、などがあります。これらは勿論、厳密にそうしなければならない、というものではありません。最も重要なのは、「月を降ろす」という内的体験そのものと、そこから湧き出るちから、インスピレーションの創造的な応用です。
(BVA)
ハイプリーステスはアルターの前に、女神のポーズ(腕を交差)で立つ。メイガスは彼女の前に跪き、男根状のワンドでハイプリーステスの体にペンタクルを描き、召喚する。
我、汝を喚び焦がれん、命と多産の強き母よ、
種と根により、茎と莟により、
葉と花と果実により、命と愛により、
我は汝に喚びかけん、汝の僕にして高等女司祭たる
○○の体に降り賜え。
月が降り、すなわち繋がりが得られれば、メイガス他男性参列者は五重の接吻を行う。
汝を運びし御足に祝福を(足に接吻)
聖所に触れる御膝に祝福を(膝に接吻)
我らを生んだ御胎に祝福を(子宮に接吻)
美しく強かな美胸に祝福を(胸に接吻)
聖なる名を告げる御口に祝福を(口に接吻)
女性参列者は返礼を為す。
参入儀式が続く場合、メイガスと、女神のポーズ(両手を交差)のハイプリーステスは「女神のチャージ」を朗唱する。その間、参入者は円の外で待つ。
The Gardnerian Book of Shadows, by Gerald Gardner, at sacredtexts.com
Drawing Down The Moon (ファーラー夫妻バージョン)
この儀式では、女神はハイプリーステスの内に転生する。ハイプリーステスは右手に杖、左手に鞭を餅、アルターを背にして立つ。腕を胸の前で交差し、杖と鞭も交差させ、胸に引き 寄せて持つ。ハイプリーストは彼女の前に立ち、述べる:
ディアナ、夜の女王
あなたの輝ける美が私たちを照らし、
あなたの銀の光線が夢の扉を開く
目映く、聡明に、大地と空と海に
あなたの魔法の神秘、その呪文を投げかける
全てが消え去るその時まで
草葉は育ち、汐は脈打ち
おお、秘密の力の女王よ
この素晴しき時にあなたの贈り物を乞う
全ての真の魔女たちに
幸運の加護が降りますように
おお、月のレディよ
ハイプリーストはハイプリーステスの前に跪き、五重のキスを与える。すなわち、ハイプリーステスの両足、両膝、子宮、両の乳房、唇に、常に右側からキスし、述べる:
あなたを運ぶ御足に祝福を
聖所に触れる御膝に祝福を
我らを生んだ御胎に祝福を
美しく強かな美胸に祝福を
聖なる名を告げる御口に祝福を
唇へのキスの時は、お互いの足を接し、ぴったりと体を向き合わせ、抱擁する。子宮へのキスの時、また唇へのキスの後には、ハイプリーステスは両腕を広く伸ばす。ハイプリーストは再び跪き、召喚する:
我は汝を召喚す
我ら全ての強き母(右の乳房に触れる)
あらゆる豊穣をもたらすもの(左の乳房)
種と根により(子宮)
莟と茎により(右乳房)
葉と花と果実により(左乳房)
命と愛により(子宮)
我は汝を召喚す(右乳房)
汝の僕、女司祭のからだに降り賜え
この召喚文を唱える間、ハイプリーストは右手の人差し指で、彼女の右の乳房、左の乳房、子宮、再び右の乳房、左の乳房、子宮と触れ、最後に右の乳房に触れる。跪いたまま、両 手を広げ、降ろし、掌を前に向け、述べる:
ヘイル、アラディア!
アマルテアの角より注がれし汝が愛に、
我謹んで頭を垂れん
我は汝を崇め、汝が神殿に愛しき犠牲を捧げん
最後の時まで
汝が足は我が唇に(右足に接吻)
我が祈りは香の煙と昇り
汝が古の愛へと費える
おお万能たる汝よ、降りて我を助けよ
汝なくして寄辺無き我を
ハイプリーストは立ち上がり、後ずさる。ハイプリーステスは杖で地の召喚のペンタグラムを宙に描き、言う:
わたしの鞭と接吻は
暗く聖なる母のもの
愛と至福の五芒星
あなたに徴を授けます
ハイプリーステスはトランス状態に入る。ここで「女神のチャージ」や「魔女のクレド」を朗唱してもよい。 「女神のチャージ」「魔女のクレド」が終るとともに、女神は退去しているべきである。退去がなされないのは、魔術的によろしくない。
ハイプリーストはプリーステスに面し、述べる:我らの儀式に参列いただいた汝、 我らがレディに感謝します。 再び喚びかけ、まみえる時まで、 しばしの暇と、祝福を。
Stewart & Janet Farrar “A Witches' Bible: The Complete Witches Handbook” Phoenix Pub, 1996
参考:「サバトの秘儀」ヘイズ中村訳 国書刊行会,1997
「魔女のクレド(信条)」はドリーン・ヴァリアンテ著 「魔女の聖典」(秋端勉監訳 国書刊行会,1995)に邦訳が収録されている。またWitch's Creedで検索すればネット上に様々なヴァージョンが公開されている。
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レヴァナ・モーガン「まほうのかがみ 英国伝統ウィッチクラフト入門」東京リチュアル出版(2015)